「湯のやまにかねなりいでぬ範頼も頼家もあはれみし鐘の音聞ゆ−釈迢空」修善寺温泉は古刹曹洞宗修禅寺の門前町として開けた伊豆屈指の古湯である。修善寺は平安初期に弘法大師(空海)によって創建されたと伝えられる。桂川沿いの通りから石段を上がり切ると、重厚な山門に迎えられる。敷石の奥正面が本堂である。実慶作の重要文化財、大日如来坐像がある本堂とその右手前の宝物殿は必見だ。源頼家の面といわれる伎楽面が保管されているからだ。
[参考情報]
三井ガーデンホテル京都三条 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad345376/
豊田市駅のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/230000/STA_031094/
福島の温泉・露天風呂のある宿・ホテル - じゃらん温泉ガイド
http://www.jalan.net/onsen/KEN_070000.html
奈良ホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad304722/
プレミアイン仙台多賀城 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad385464/
修善寺温泉は源氏の血なまぐさい悲劇の舞台であった。源範頼は兄、頼朝に殺され、頼朝の子、頼家は入浴中に北条氏に殺害された。温泉街の一角に、鎌倉二代将軍頼家の墓と、母、北条政子が頼家の冥福を祈って建立した指月殿がある。伊豆最古の木造建築だ。夏目漱石、芥川龍之介をはじめ数多くの文人を魅了してきた修善寺だが、その名を最も高めたのは劇作家、岡本綺堂であろう。もちろん新歌舞伎『修善寺物語』によってである。宝物殿の頼家の面からインスピレーションを得て書かれた『修善寺物語』は、明治四四(一九一一)年五月の明治座での初演で大当たりして以来、現在も国内外で上演されている。「修善寺の温泉は、元は全部寺の所有だった。土地が寺のものであり、その上に、あの川の中の絹鈷(=独鈷)の湯、あれは弘法大師が御発見のもので、……」(『般若台夜話』より)安藤広重の「六十余州名所図会・修善寺湯治場」(嘉永六(一八五三)年)に、桂川の流れに「独鈷の湯」が浮かんで描かれているが、現在もなお修善寺のシンボルとして守られているのはうれしい。歴史薫るしっとりとした風情の温泉街の中で、延宝三(一六七五)年創業の老舗「あさば」の重厚な門構えがひときわ異彩を放つ。一〇〇〇坪の敷地にわずか一九室の純和風旅館。書院造りの部屋の障子戸を開けると、粋にも竹山を配し滝が飛沫を上げる池に野外能舞台が浮かんだ。「「作り手ではなく食べる側に立った料理」との言葉をいただいております」と、遠藤支配人。二時間半かけて目と口で食する。「あさば」は食事時はもちろん様々なステージで日本の「間」の美学というものを再認識させてくれた。内風呂はまだ完成の域に達していないように思えたが、やわらかな湯があふれる露天風呂が十分にそれを補ってくれた。日本の宿文化は健在である。